特殊な綴りと記号
第1部 ・ 第8章
第7章までで、綴りから声調を割り出す道具はそろいました。ところが実際のタイ語には、その規則をそのまま当てても読めない語があります。書いてあるのに読まない字、同じ語を2回読ませる記号、母音記号がないのに母音が入る語。この章では、規則の「例外」に見えるものを、ひとつずつ理由とセットで片づけます。
| この章のゴール:黙音記号 ・繰り返し記号 ์ | ๆ ・省略記号 ฯ を含む語が読め、サンスクリット由来語と英語からの借用語の綴りを、 |
規則的に音に変換できるようになる。
8-1黙音記号 การันต์ ── 書いてあるのに読まない字
タイ語の語彙には、サンスクリット語・パーリ語・英語から入ってきた語が大量にあります。これらの語はもとの綴りをできるだけ残してタイ文字に写し取られました。しかしタイ語の音節構造では、末子音は1つしか発音できません。そこで「書くけれど読まない」という妥協が生まれます。その目印がการันต์kaa-ran(正式名称
ทัณฑฆาตthan-thá-khâat)、字の上に付く小さな記号 ก์ の部分です。
この記号が乗っている字は読みません。読まないので、末子音としてもカウントされません。声調を判定するときは、実際に発音される末子音だけを見ます。
| ส | + | - | + | ต | + | ว์ | → | sàt |
| สัตว์(動物)。ว の上に があるので ์ | ว は読まない。末子音は ต=-t。高子音+短母音+死音節 → 低声 sàt。 | |||||||
| タイ語 | 発音 | 読まない字 | 意味 | |||||
| สัตว์ | sàt | ว | 動物 | |||||
| วันจันทร์ | wan-jan | ท ร | 月曜日 | |||||
| วันศุกร์ | wan-sùk | ร | 金曜日 | |||||
| วันเสาร์ | wan-sǎo | ร | 土曜日 | |||||
| วันอาทิตย์ | wan-aa-thít | ย | 日曜日 | |||||
| ประโยชน์ | prà-yòot | น | 利益・役に立つこと | |||||
| แพทย์ | phɛ̂ ɛt | ย | 医師 | |||||
| สงกรานต์ | sǒng-kraan | ต | ソンクラーン(旧正月) | |||||
| โทรศัพท์ | thoo-rá-sàp | ท | 電話 | |||||
| สัญลักษณ์ | sǎn-yá-lák | ษ ณ | 記号・シンボル |
表の最後の สัญลักษณ์sǎn-yá-lák に注目してください。์ が乗っているのは ณ 1字ですが、実際には ษณ の2字が読まれていません。これは記号の下の字だけでなく、その直前の字も巻き込んで黙ることがあるためです。
วันจันทร์wan-jan も同じで、ท と ร の2字が読まれず、末子音は น です。
黙音記号のある語は、発音表記だけ覚えると綴りが再現できません。sàt という音から สัตว์ を復元するのは不可能です。この種の語は、はじめから形と音をセットで覚えてください。逆に言えば、読むほうは易しいのです。 を見つけたら、その字と、์場合によっては直前の字を消して読めばよいだけです。
8-2繰り返し記号 ๆ と省略記号 ฯ
ๆ(ไม้ยมก)── 直前の語をもう一度
ไม้ยมกmái-yá-mók と呼ばれる ๆ は、直前の語をもう一度読むという指示です。日本語の「々」に当たります
が、日本語が漢字1字を繰り返すのに対し、タイ語は語ごと繰り返します。声調もそのまま2回繰り返します。
繰り返しの意味は3つに整理できます。① 複数・種類の多さ、② 程度をやわらげる、③ 程度を強める。どれになるかは語で決まっています。
| タイ語 | 発音 | 意味 | はたらき |
|---|---|---|---|
| เด็กๆ | dèk-dèk | 子どもたち | ① 複数 |
| ต่างๆ | tàang-tàang | さまざまな | ① 種類の多さ |
| ช้าๆ | cháa-cháa | ゆっくり | ② やわらげ |
| ใกล้ๆ | klâi-klâi | すぐ近くに | ② やわらげ |
| ค่อยๆ | khɔ̂ i-khɔ̂ i | そろそろと | ② やわらげ |
| มากๆ | mâak-mâak | すごく | ③ 強め |
| บ่อยๆ | bɔ̀i-bɔ̀i | しょっちゅう | ③ 強め |
ๆ の前は1字ぶん空ける
正式な書き方では ช้า ๆ のように ๆ の前にスペースを入れます。新聞・公文書はこの書き方です。一方、看板やSNSでは ช้าๆと詰めて書くことも多く、どちらも読み方は同じです。本書では見やすさのため詰めて示します。
ฯ と ฯลฯ ── 省略の記号
ฯ は ไปยาลน้อยpai-yaan-nɔ́ɔi(小さな省略記号)といい、長い固有名詞の後半を省いたことを示します。代
表例が首都バンコクです。
กรุงเทพมหานคร
クルンテープマハーナコーン
一方 ฯลฯ は ไปยาลใหญ่pai-yaan-yài(大きな省略記号)で、日本語の「等」「など」に当たります。声に出して読むときは ละlá、ていねいには lɛ́-ɯ̀ ɯn-ɯ̀ ɯn と読みます。
และอื่นๆ
レウーンウーン
8-3タイ数字と通貨記号
タイには算用数字とは別に、タイ数字があります。日常のレシートや値札は算用数字ですが、公文書・寺院・番地表示・紙幣・車のナンバープレート・仏暦の年号などでは今もタイ数字が現役です。10個だけなので、この機会に覚えてしまいましょう。
| タイ数字 | 算用 | タイ語 | 発音 | タイ数字 | 算用 | タイ語 | 発音 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ๐ | 0 | ศูนย์ | sǔun | ๕ | 5 | ห้า | hâa |
| ๑ | 1 | หนึ่ง | nɯ̀ng | ๖ | 6 | หก | hòk |
| ๒ | 2 | สอง | sɔ̌ɔng | ๗ | 7 | เจ็ด | jèt |
| ๓ | 3 | สาม | sǎam | ๘ | 8 | แปด | pɛ̀ɛt |
| ๔ | 4 | สี่ | sìi | ๙ | 9 | เก้า | kâao |
並べ方は算用数字とまったく同じ位取りです。๑๐ は10、๒๕๖๙ は2569。この2569という数字は、タイでよく見る仏暦(
พ.ศ.phɔɔ-sɔ̌ɔ (ポーソー))の年です。仏暦は西暦に543を足した数で、西暦(ค.ศ.khɔɔ-sɔ̌ɔ (コーソー))2026年は仏暦2569年
に当たります。
๓ は算用数字の 3 を裏返した形、๙ は 9 に似ています。๕(5)と ๙(9)は形が近いので要注意。紙幣の額面や寺の掲示で毎日
見かけるうち、自然に覚わります。
通貨記号 ฿ は บาทbàat を表します。値札では ฿ を数字の前に置く書き方と、数字のあとに บาท と書き添える書き方の両方が使われます。
฿250 / 250 บาท
250バーツ
สองร้อยห้าสิบบาท
ソーンロイハーシップバート
8-4ฤ ฤๅ ฦ ── 子音でも母音でもない字
子音字44字の表にも母音記号の表にも出てこないのに、実際の語には現れる字があります。ฤฤๅฦฦๅ の4つです。これらはサンスクリット語の「母音として働く r・l」を写すために作られた字で、子音 r/l と母音がくっついた1つの音節を表します。やっかいなのは ฤ の読み方が語によって3通りある点です。ただし、実際に使う語は多くありません。次の表の語を覚えてしまえば十分です。
| 読み | タイ語 | 発音 | 意味 |
|---|---|---|---|
| rɯ́ | ฤดู | rɯ́-duu | 季節 |
| rɯ́ | พฤษภาคม | phrɯ́t-sà-phaa-khom | 5月 |
| rí | อังกฤษ | ang-krìt | イギリス・英語 |
| rí | ฤทธิ์ | rít | 威力 |
| rəə | ฤกษ์ | rə̂ ək | 吉日・縁起のよい時刻 |
| rɯɯ | ฤๅษี | rɯɯ-sǐi | 仙人・行者 |
ฦ と ฦๅ は現代タイ語では使われません。古い文献にしか現れず、辞書でも見出し語がほとんどありません。「そういう字
がある」とだけ知っておけば十分です。
8-5綴りに書かれない母音 ── サンスクリット・パーリ語由来語
ここが本章の山場です。次の語を見てください。母音記号がどこにもありません。
| ถ | + | น | + | น | → | thà-nǒn |
ถนน(道路)。子音字が3つ並ぶだけだが、実際は2音節。ถ と น の間に短い a が入る。
サンスクリット語・パーリ語から入った語では、子音字が並んでいるだけの場所に、短い a を補って読むという約束があります。これを知らないと、辞書を引くたびに音が出てきません。逆にこの規則を知れば、初めて見る語でも8割は読めます。
暗黙の a を補う手順
- ① 子音字が2つ並んでいるか確認する。ただし二重子音(กรปรคล など)と、末子音になっている字は除く。
- ② 除いたうえで並んでいれば、間に短母音 a を入れて音節を切る。
- ③ その a の音節は必ず「短母音+末子音なし」=死音節。だから声調はその子音の類だけで決まる。中子音・高子
音なら低声、低子音なら高声。
| タイ語 | 発音 | 先頭の子音類 | 意味 |
|---|---|---|---|
| ประเทศ | prà-thêet | 中子音 ป → 低声 prà | 国 |
| ตลาด | tà-làat | 中子音 ต → 低声 tà | 市場 |
| สบาย | sà-baai | 高子音 ส → 低声 sà | 快適だ・元気だ |
| ขนม | khà-nǒm | 高子音 ข → 低声 khà | 菓子 |
| ถนน | thà-nǒn | 高子音 ถ → 低声 thà | 道路 |
| สนุก | sà-nùk | 高子音 ส → 低声 sà | 楽しい |
| ธนาคาร | thá-naa-khaan | 低子音 ธ → 高声 thá | 銀行 |
| มนุษย์ | má-nút | 低子音 ม → 高声 má | 人間 |
| タイ語 | 発音 | 先頭の子音類 | 意味 |
|---|---|---|---|
| พยายาม | phá-yaa-yaam | 低子音 พ → 高声 phá | 努力する |
「死音節+短母音」の規則がそのまま働いているだけで、新しい規則ではありません。
日本語も、漢語を取り入れるときに日本語の音に作り替えました。「学」は中国語では1音節ですが、日本語では「ガク」と2そして日本語の漢語が抽象語・公的語彙に多いのと同様、タイ語のこの層も ประเทศprà-thêet(国)、
ธนาคารthá-naa-khaan(銀行)のような改まった語に集中しています。
末子音字が2つ並ぶ語
| タイ語 | 発音 | 末子音 | 意味 |
|---|---|---|---|
| บุตร | bùt | ต(ร は黙る) | 子・子女 |
| มิตร | mít | ต(ร は黙る) | 友 |
| จักร | jàk | ก(ร は黙る) | 輪・機械 |
| เพชร | phét | ช(ร は黙る) | ダイヤモンド |
| สามารถ | sǎa-mâat | ถ(ร は黙る) | 〜できる |
| อาจารย์ | aa-jaan | ร(ย は ์ で黙る) | 先生・教授 |
ประโยชน์prà-yòot は、規則どおりなら第2音節は低子音+長母音+死音節で下声 yôot になるはずですが、実際には
こうした例外は数十語しかありません。出てきたときに個別に覚えるので十分です。規則が9割を説明してくれる、と考えてください。
8-6英語からの借用語をどう綴るか
現代タイ語には英語からの借用語があふれています。綴りは英語の字の並びをできるだけ写す方針でつくられるため、発音とのずれが大きくなります。読むときは次の3つの癖を押さえておきます。
借用語を読む3つの癖
- ① 発音できない字には を付ける。์คอมพิวเตอร์ の ร์、ลิฟต์ の ต์。
| タイ語 | 発音 | カタカナ | もとの語 |
|---|---|---|---|
| คอมพิวเตอร์ | khɔɔm-phiu-tə̂ ə | コムピウトゥー | computer |
| อีเมล | ii-meen | イーメーン | e-mail(-l→-n) |
| ฟุตบอล | fút-bɔɔn | フットボーン | football |
| เช็ค | chék | チェック | check |
| ลิฟต์ | líp | リップ | lift(エレベーター) |
| ฟิล์ม | fim | フィム | film |
| เปอร์เซ็นต์ | pəə-sen | プーセン | percent |
| โน้ตบุ๊ก | nóot-búk | ノートブック | notebook |
| แท็กซี่ | thɛ́k-sîi | テァックシー | taxi |
| แก๊ส | kɛ́ɛt | ケァート | gas |
| โค้ก | khóok | コーク | Coke |
もうひとつ、借用語でよく出会う記号が ไม้ไต่คู้mái-tài-khúu(เ-็ の小さな記号)です。これは母音を短くする指示で、เช็คแท็กซี่เป็น のように使われます。長母音 ee が短母音 e になり、その結果として声調も変わる点に注意してください。
会社の会議で出てくる語の多くは英語由来です。คอมพิวเตอร์khɔɔm-phiu-tə̂ə、อีเมลii-meen、
เปอร์เซ็นต์pəə-sen、เช็คchék(確認する)。意味を覚える必要がないぶん、タイ式の音に直すことだけに
集中できます。す。
8-7同じ音なのに綴りが違う語
タイ語には、発音がまったく同じで綴りだけ違う語が大量にあります。原因は明快で、サンスクリット語・パーリ語では区別されていた子音が、タイ語では同じ音に合流したからです。字は残り、音は消えた。それだけのことです。
| 発音 | 同じ音の語 | 見分け方 | |
|---|---|---|---|
| khâa | ค่า(値段) | ฆ่า(殺す) | 字が違うだけ。意味で覚える |
| kaan | การ(こと・行為) | กาล(時・時制) | 抽象名詞は การ が圧倒的に多い |
| sǐi | สี(色) | ศรี(栄光・美称) | ศรี は地名・人名に多い |
| thaan | ทาน(食べる・施し) | ธาร(水の流れ) | ธาร は文語 |
| jan | จันทร์(月・月曜) | จันทน์(白檀) | 曜日なら必ず จันทร์ |
もうひとつ、日本人学習者がよく混乱するのがไ-とใ-です。音はどちらもaiでまったく同じ。しかしใ-(
ไม้ม้วนmái-múan)を使う語は20語だけと決まっており、それ以外はすべてไ-(ไม้มลายmái-má-laai)です。
💡ใจ ใหม่ ใหญ่ ให้ ใน ใคร ใช่ ใช้ ใต้ ใส่ ใบ ใกล้
ใ- を使う語(一部):心・新しい・大きい・与える・〜の中・誰・そうだ・使う・下・入れる・葉/カード・近い
タイの子どもはこの20語を覚えるための詩を学校で暗唱する。日本語話者も、この12語だけ押さえれば実用上は困らない。
音から綴りを当てるのは不可能です。逆に綴りから意味を引くのは確実にできます。タイ語の辞書は子音字44字の順で並んでいますから、ค่า は ค の項、ฆ่า は ฆ の項にあり、決して隣り合いません。聞き取った音を書き取るときは、意味から綴りを決める。読むときは字から意味を決める。この往復が読み書きの基本です。詳しい引き方は次の第9章で扱います。