声調 ── 5つの高さが意味を変える
第1部 ・ 第2章
5つの声調を名前と音の動きで区別でき、ミニマルペアを聞き分け・言い分けられる。4つの声調記号の形と名前がわかる。
タイ語学習の最初の関門が声調です。ここでつまずくと、単語をいくら覚えても通じません。逆に、声調の仕組みを最初に体で覚えてしまえば、あとの学習はずっと楽になります。この章は「音を出す章」です。読むだけでなく、必ず声に出しながら進めてください。
この章のゴール:5つの声調を名前と音の動きで区別でき、ミニマルペアを聞き分け・言い分けられる。4つの声調記号の形と名前がわかる。
2-1声調とは何か ── 高さが語を分ける
日本語で「あー」と言うとき、高く言おうが低く言おうが「あー」は「あー」です。声の高さは、気分や強調を表すだけで、語の意味には関係しません。タイ語はここが根本的に違います。音の高さの動かし方そのものが、語を作る材料になっているのです。子音や母音と同じ資格で、声調が語を区別します。だから声調を間違えるということは、日本語で「かき」を「かに」と言ってしまうのと同じ、別の語を言っていることになります。
ます。カタカナで書けば3つとも「マー」で、日本語の表記能力ではこの差を書き分けられません。本書のローマ字表記に付いている記号こそが、書き分けの道具です。
本書は第1部から第2部までカタカナを併記しますが、カタカナには声調の情報が入っていません。カタカナだけを見て発音する癖をつけると、必ず行き詰まります。カタカナは「だいたいの音の並び」を確認するためのもの、ローマ字表記は「声調と母音の長短」を確認するためのもの、と役割を分けて使ってください。
2-25つの声調 ── 「高さ」ではなく「動き」
タイ語の声調は5つ。本書では平声・低声・下声・高声・上声と呼びます。よくある誤解は「平声は中くらい、高声は高い、低声は低い」という静止画的な理解です。実際には、声調は音の高さの軌跡(動き)です。動画として捉えてください。説明のために、自分の声の高さを5段階に分けます。1がいちばん低く、5がいちばん高い。3が普通に話すときの高さです。
| 1 | < | 2 | < | 3 | < | 4 | < | 5 |
| 最低 | 低め | ふつう | 高め | 最高 |
自分の声域を5段階に割り、3を「地の高さ」と決めておく。声調はこの目盛りの上を動く。
この目盛りで5声調を書くと、次のようになります。
| 声調 | タイ語名 | 記号 | 高さの動き | 音の感じ |
|---|---|---|---|---|
| 平声 | สามัญ sǎa-man | aa | 3 → 3 | まっすぐ平ら。少しだけ最後が下がる |
| 低声 | เอก èek | àa | 2 → 1 | 低いところで、さらにゆっくり下がる |
| 下声 | โท thoo | âa | 4 → 1 | 高めから一気に落とす。ため息のよう |
| 高声 | ตรี trii | áa | 3 → 5 | 上へ押し上げる。声帯が締まる |
| 上声 | จัตวา jàt-tà-waa | ǎa | 2 → 1 → 4 | いったん沈めてから、すくい上げる |
音の動きを図にすると、こうなります。左から右が時間の流れ、上下が声の高さです。●のあるところを声が通ります。
| 高さ | 平声 aa | 低声 àa | 下声 âa | 高声 áa | 上声 ǎa |
|---|---|---|---|---|---|
| 5 | ・・・ | ・・・ | ・・・ | ・・● | ・・・ |
| 4 | ・・・ | ・・・ | ●・・ | ・●・ | ・・● |
| 3 | ●●● | ・・・ | ・●・ | ●・・ | ・・・ |
| 2 | ・・・ | ●・・ | ・・・ | ・・・ | ●・・ |
| 1 | ・・・ | ・●● | ・・● | ・・・ | ・●・ |
| 平声 | 低声 | 下声 | 高声 | 上声 | |
| 3 → 3 | 2 → 1 | 4 → 1 | 3 → 5 | 2 → 1 → 4 |
声調は「どの高さか」ではなく「どう動くか」。特に下声と上声は、動きの向きが正反対。
1つずつ、体で覚える
平声は、いちばん楽な声調です。日本語で「はい」と言うときの平らな調子。ただし最後まで高さを保つのがコツで、日本人は語末で自然に下げてしまい、下声に聞こえます。低声は、低い位置で静かに置く音。落ち込んだときに「あー…」とつぶやく感じで、力を入れず息を細くします。下声は、驚いたときの「えーっ!」の落ち方に近い。ポイントはまず少し高いところから落ちることです。最初から低く始めると低声になってしまいます。高声は、日本人がいちばん苦手とする声調です。単に高く言うのではなく、音を発しながらさらに上へ押し上げる。喉が少し締まって、力んだような音になります。「そこ痛い!」と抗議するときの「痛っ!」の勢いです。上声は、日本語の「え?」という聞き返しに似ています。ただしタイ語の上声は先に少し沈むのが特徴です。いきなり上げず、いったん下げてからすくい上げる。この「沈み」を省くと、タイ人には平声に聞こえます。
初学者は下声を「山(上がって下がる)」、上声を「谷(下がって上がる)」と覚えがちですが、正確ではありません。下声は上がりません。高いところから落ちるだけです。一方上声は最後に必ず上がりきります。この2つを混同すると、ข้าวkhâao(ごはん)と ขาวkhǎao(白い)が区別できなくなります。鏡の前で手を動かしながら練習してください。下声は手を斜め下に切り下ろす。上声は手を下げてから跳ね上げる。
2-3ミニマルペアで耳を作る
声調は理屈で覚えるものではなく、対にして聞き比べることで身につきます。以下はすべて、子音と母音がまったく同じで声調だけが違う語の組です。1組ずつ、続けて5回声に出してください。
maa の組
| タイ語 | 発音 | 声調 | 意味 |
|---|---|---|---|
| มา | maa | 平声 | 来る |
| หมา | mǎa | 上声 | 犬 |
| ม้า | máa | 高声 | 馬 |
khaao の組
| タイ語 | 発音 | 声調 | 意味 |
|---|---|---|---|
| ขาว | khǎao | 上声 | 白い |
| ข่าว | khàao | 低声 | ニュース |
| ข้าว | khâao | 下声 | ごはん・米 |
sɯa の組
| タイ語 | 発音 | 声調 | 意味 |
|---|---|---|---|
| เสือ | sɯ̌a | 上声 | 虎 |
| เสื่อ | sɯ̀a | 低声 | ござ・敷物 |
| เสื้อ | sɯ̂ a | 下声 | 服・シャツ |
その他の重要な組
| タイ語 | 発音 | 声調 | 意味 |
|---|---|---|---|
| ไกล | klai | 平声 | 遠い |
| ใกล้ | klâi | 下声 | 近い |
| คา | khaa | 平声 | 引っかかる |
| ค่า | khâa | 下声 | 代金・価値 |
| タイ語 | 発音 | 声調 | 意味 |
|---|---|---|---|
| ค้า | kháa | 高声 | 商う |
| ปา | paa | 平声 | 投げる |
| ป่า | pàa | 低声 | 森 |
| ป้า | pâa | 下声 | おば(父母の姉) |
| นา | naa | 平声 | 田 |
| หน้า | nâa | 下声 | 顔・前・ページ |
| เขา | khǎo | 上声 | 彼・彼女 |
| เข่า | khào | 低声 | 膝 |
| เข้า | khâo | 下声 | 入る |
ไกลklai(遠い)と ใกล้klâi(近い)は意味が正反対の組です。しかも会話でよく使う語なので、間違える
と話が完全に逆になります。「遠い」は平ら、「近い」は落とす、と体で覚えてください。
タイ人が外国人に必ず出す文があります。
「新しい木は燃えないのですか」。5語すべてが mai で、声調と母音がわずかに違うだけです。ไม้mái (木)が高声、ใหม่mài(新しい)が低声、ไม่mâi (〜ない)と ไหม้mâi (燃える)が下声、ไหมmǎi (〜か)が上声。言えるようになれば、確実にタイ人に驚かれます。今はできなくてかまいません。第7章まで進んでから、もう一度挑戦してみてください。
会話1 犬か、馬か
| ケン | ポムチョープマーマーククラップ |
私は馬が大好きです。
ナム?
ティーバーンミーマーマイカ
お宅に馬がいるんですか。
ケン!
マイチャイクラップマークラップマー
いえ、違います。犬です、犬!
ナム!
オーマーカマイチャイマー
ああ!犬ですね。馬ではなくて。
2-4日本語の高低アクセントとの根本的な違い
「日本語にも高低アクセントがあるから、声調は得意なはず」── これは半分正しく、半分危険です。日本語の「はし」には、頭高(箸)・尾高(橋)・平板(端)の3型があり、確かに高さで語を区別しています。しかし日本語のアクセントとタイ語の声調には、次の3つの決定的な違いがあります。
日本語アクセントとタイ語声調の3つの違い
- ① 単位が違う ── 日本語は語全体で「どこで下がるか」を決める。タイ語は1音節ごとに声調が指定される。3音
節語なら3つの声調が並ぶ。
- ② 動きが要る ── 日本語は「高い/低い」の2段階の組み合わせ。タイ語は1音節の中で高さが動く(下声・高
声・上声)。
- ③ 許容度が違う ── 日本語のアクセント違いは「方言」で済む。タイ語の声調違いは別の語であり、通じない。
とくに①が重要です。日本語話者は無意識に「語全体の抑揚」で処理しようとしますが、タイ語では音節ごとに独立して声調を実現しなければなりません。
🇯🇵パーサータイ
タイ語
平声+上声+平声。真ん中だけが沈んで跳ね上がる。
日本語では、文の中で語の高さは相対的に変わります。強調したい語を高く言い、文末に向かって全体が下がっていく。これをイントネーションと呼びます。タイ語にもイントネーションはありますが、声調を壊さない範囲でしか動きません。声調はいわば楽譜の音符、イントネーションはその上に乗る強弱記号です。音符を書き換えてはいけません。日本語話者がタイ語を話すとき、いちばん多い失敗は「文全体の抑揚を優先して、個々の語の声調を潰してしまう」ことです。最初は棒読みでいいので、1語ずつ声調を守る。抑揚は後回しでかまいません。
2-5声調記号 ── 4つの記号と、その名前
タイ文字には声調を示す記号が4つあります。子音字の右上に付けます。母音記号がすでに上にある場合は、そのさらに上に重ねます。
| 記号 | 名称 | 発音 | 由来 |
|---|---|---|---|
| ◌่ | ไม้เอก | mái-èek | 「第1の印」。短い斜め棒。 |
| ◌้ | ไม้โท | mái-thoo | 「第2の印」。数字の2を崩した形。 |
| ◌๊ | ไม้ตรี | mái-trii | 「第3の印」。数字の3を崩した形。 |
| ◌๋ | ไม้จัตวา | mái-jàt-tà-waa | 「第4の印」。プラス記号に似た形。 |
ไม้mái は「木・棒」の意味で、ここでは「印」。èek / thoo / trii / jàt-tà-waa はパーリ語由来の序数「1・2・3・4」で
す。
| ก | + | ◌ | → | ก่ |
声調記号は子音字の右肩に乗る。母音記号 -ี などが上にあるときは、その上に重ねて กี่ のように書く。
ここが最大の落とし穴です。ไม้เอกmái-èek が付いたら必ず低声(เอก)になる、というわけではありません。たとえば ค่าkhâa(代金)には ◌่ が付いていますが、声調は下声です。一方 ป่าpàa(森)は同じ記号で低声。実際の声調は「子音字の種類+母音の長短+末子音+声調記号」の4つで決まります。記号はそのうちの1要素にすぎません。この計算方法が第7章のテーマです。今は「4つの記号があって、こういう名前だ」とだけ覚えてください。
また、声調記号が付いていない語にも当然声調があります。มาmaa (来る)は平声、หมาmǎa (犬)は上声ですが、どちらにも記号はありません。記号がない=平声、ではないのです。この点も第7章で整理します。
この段階で覚えること
- 声調記号は4つ。◌่ ◌้ ◌๊ ◌๋。子音字の右肩に付く。
- 名前は ไม้เอกmái-èek /ไม้โทmái-thoo /ไม้ตรีmái-trii /ไม้จัตวาmái-jàt-tà-waa 。
- 記号の名前と実際の声調は一致しない。規則は第7章。
- 記号がなくても声調はある。5声調のうち、記号なしで出るのは平声・低声・上声。
2-6自分の声調を矯正する練習法
声調は知識ではなく技能です。理解しただけでは出せるようになりません。次の4つを、毎日10分でいいので続けてください。
① 録音して比べる
もっとも効果があるのはこれです。音声教材の1語を聞き、自分で同じ語を言って録音し、教材 → 自分 → 教材 → 自分の順で連続再生します。重要なのは連続再生です。人間は自分の声を骨伝導込みで聞いているため、頭の中では「合っている」と感じます。録音を並べて聞くと、その思い込みが崩れます。ずれているのは高さの絶対値ではなく、動きの向きであることが多い、と気づけたら大きな前進です。
② ハミングで動きだけを取り出す
をなぞる。動きが再現できてから子音と母音を戻します。ハミング → 音節 → 語 → 文の順で組み立てるのが、遠回りに見えていちばん速い道です。
③ 5段階の音階をイメージする
先に示した1〜5の目盛りを、いつも頭の中に置いてください。新しい語を覚えるときは、意味と綴りだけでなく「2から1声」という名前より、数字のほうが体は反応します。
④ 手を動かす
声を出しながら、手のひらで高さを描きます。平声は水平にすっと引く。低声は低い位置で置く。下声は斜めに切り下ろす。高声は斜めに突き上げる。上声は下げてからすくい上げる。子どもじみて見えますが、身体運動と結びつけた音は定着率が段違いです。
「聞けば分かるのに、言うと通じない」という段階が必ず来ます。逆に「言えるのに聞き取れない」人もいます。これは別々の技能なので、両方を別々に訓練してください。聞き分けの訓練:2語を交互に流し、どちらか当てる(ขาวkhǎao と ข่าวkhàao など)。言い分けの訓練:タイ人や音声認識アプリに聞いてもらい、どちらに聞こえたか判定してもらう。スマートフォンのタイ語音声入力は、無料で使える優秀な判定装置です。
2-7日本人がやりがちな失敗
最後に、日本語話者に特有の癖を5つ挙げます。自分に当てはまるものがないか、点検してください。
① 文末を上げてしまう
日本語では、疑問文の末尾を上げます。「行くの↗」。英語でも同じです。この癖のままタイ語を話すと、文末の語の声調が壊れます。
?
クンパイマイ
✗ (文末の ไหมmǎi を日本語式に上げっぱなしにした場合)
タイ語の疑問文は、文末に疑問の語を置くことで疑問になります。抑揚で疑問を表す必要はありません。ไหมmǎi はもともと上声なので、そこに日本語式の上昇イントネーションを重ねると、音が不自然に跳ね上がります。
?
クンパイマイ
✓ 行きますか。
上声どおりに、いったん沈めてから上げる。文全体を上げる必要はない。
② 文末を下げてしまう
①と正反対ですが、平叙文では日本語話者は文末を落とします。「行きます↘」。すると平声の語が下声に化けます。
③ 強調のために高くする
日本語では、強調したい語を高く大きく言います。タイ語で同じことをすると、その語の声調が高声寄りに崩れます。タイ語で強調するときは、高さではなく長さと音量、あるいは มากmâak(とても)のような語を足します。
④ 多音節語の第1音節を強く読む
英語の癖で、多音節語の頭に強勢を置く人がいます。タイ語には強勢アクセントがほとんどなく、各音節が等しい重みで並ときや急いでいるときも声調は崩れます。声調は気分に左右されない、語に固定された属性です。
💼ボーリサット
会社
3音節。平声+高声+低声。真ん中が高く跳ねる。
ビジネスで実害が出やすいのは数字と金額です。ค่าkhâa(代金)を ค้าkháa(商う)と言い違えても文脈で通じますが、ห้าhâa(5)と หาhǎa(探す)、ร้อยrɔ́ɔi(100)と รอยrɔɔi(跡)の混同は、金額の誤解に直結します。数字を言うときはゆっくり、1音節ずつ区切って言うこと。そして必ず紙かチャットで書いて確認する。これはタイ人同士でもやっている習慣なので、失礼にはあたりません。